一般社団法人オープンCAE学会  —The Open CAE Society of Japan—

オープンソースCAE 展開と諸課題

所収:「建築雑誌」第124集1594号 (2009年9月)、pp. 38-39

坂本雄三、柴田良一、今野雅、大嶋拓也

計算機のシミュレーション結果により設計支援を行うCAE(Computer Aided Engineering)の世界でここ数年、オープンソースが発展を遂げている。歴史の浅いこの世界では誰もが手探りの状態であるが、CAEの裾野を大きく広げ、新たな学術研究の枠組みを形成する可能性がある。国内建築分野においても昨年来急速に盛り上がりを見せているオープンソースCAEの現状、活用の方向性、普及のための課題を示したい。

自作から商用そしてオープンソースへ

昨今の計算機能力の飛躍的向上により、建築分野においてもCAEが一般化してきた。数値シミュレーションと言えば、一昔前は、筆者もそうであるが、大学や企業の研究者が計算プログラムを自作していた。しかし、計算機の能力向上と共に解析対象がより現実に近く複雑化したことで、そういった自作ソフトウエアによる解析が困難となり、大学の研究室においても、汎用性は高くもブラックボックスな商用ソフトウエアによる解析が多くなっている。そうした現実が存在する一方で、主に海外であるが、商用ソフトウエアに比肩するオープンソースの優れたソフトウエアを研究において利用する動きが活発になっている。また、100年に一度と言われる昨年の大不況の影響か、教育機関のみならず企業でもオープンソースCAEの利用例が増えている。以下では、そのような確かな盛り上がりを見せるオープンソースCAEにまつわる海外や国内の動向について概説し、今後の展開や解決すべき課題について論考してみる。(坂本)

オープンソースCAEの海外動向

海外では、2000年代初頭・中盤に公開された本格的なオープンソースCAEソフトウエアが、公開から数年を経た2000年代後半から開発・普及ともに急速に進展している。代表的なソフトウエアとして挙げられるのは、解析を行う形状モデルに対しメッシュ作成、条件定義などを行うプリプロセッサのGmsh[A]、各種数値解法を駆使して解析を行うソルバのCode_Aster[B]・Elmer[C]・OpenFOAM[D]、解析結果に対して可視化・データ抽出などを行うポストプロセッサのParaView・VisIt?[E]であろう。

これらはすべて、再配布およびコードの改変を含めたソフトウエア利用の自由を保証するGNU Public License (GPL)などのもとでライセンスされ、誰もがダウンロードして利用可能である。それでありながら、大規模機関の関与のもとで長期的かつ組織的に開発が継続されてきた結果、適用分野を選べば、商用コードと遜色無い機能を有する。このようなソフトウエアを開発機関がオープンソースで公開するのは、コミュニティからのフィードバック、さらには有償サポートカスタマおよび共同開発案件の獲得が主たる動機とされる[1]。また上記自由の保証されたオープンソース特有の利用法として、ユーザの研究者らが独自数値モデルを実装・公開し、コミュニティ内で検証・事例共有を図るための共通学術フレームワークとしての機能が注目される[2]。

一方で、これらのソフトウエアは、プリ・ポストプロセッサ、ソルバが独立したソフトウエアとして作成される傾向が強い。そのためソフトウエア間のデータ変換・管理が煩雑となること、また習熟すべきソフトウエア数の増大が、ユーザの学習負担となっている。さらに、オープンソースのメッシュ作成ソフトウエアはいずれも、CADモデルに対しては解析精度に劣る四面体要素の作成機能のみであった。ただし2008年には根本的改善を目指すプロジェクトが数件立ち上がっており[3, 4]、改善に向かうと予想される。その意味で、2008年は画期的な年であった。

海外における急速な利用拡大に対して、国内建築分野においては、後述のように建築分野研究者主導の国内コミュニティを有するOpenFOAMを除けば、ほとんど利用されていないのが実情であろう。その理由の一つは、数百ページの外国語マニュアルを読破せざるを得ないことである。かかる現状に鑑み、筆者の所属する日本建築学会音響数値解析環境整備[若手奨励]特別研究委員会では、独自オープンソースコードの整備と平行して、これら海外製オープンソースソフトウエアの組織的なサーベイ、マニュアルの翻訳などを進めている[5]。(大嶋)

オープンソースCAEの国内動向

東京大学吉村らが、設計用大規模計算力学システムADVENTURE[12]を公開している。これらは主に、機械構造物の大規模並列構造解析を実現するもので、さまざまな計算機環境で効率的な並列処理を実現することを狙って開発されている[F]。 建築構造物の解析の特徴として、トラス要素やラーメン要素による骨組解析手法を中心に発展して、汎用の3次元要素による有限要素法構造解析とは独立した進化を示していると言える。つまり建築構造解析では、如何に計算資源を節約できるかを開発目標として発展してきた経緯もあり、さまざまな分野の構造解析の中でも独自の方向性を持って展開している。しかしながら最近の建築構造解析においては、接合部などの詳細な力学的挙動を分析する需要が高まり、先端的な構造解析においては、機械構造で用いられるような3次元要素の有限要素解析が用いられる場合もできてきた。

これまで比較的小規模な数値解析を活用してきた建築構造解析において、オープンソースCAEを活用するためには、(1)構築に高度な技術を必要とするオープンソースCAEを手軽に利用するためのオールインワン環境の提供[G]、(2)PCのマルチコア化に対応し解析需要に応じて手軽な並列処理の活用[H]、などが必須となり、これらの研究が展開してゆくものと思われる。

今後の課題としては、建築構造に固有の材料であるコンクリートや木材などについては、機械系のオープンソースCAEでこれらが考慮されることは少ないため、単なる流用は難しい面も残っている。そのため、オープンソースの特徴を生かして、建築構造解析の知見をこれらと融合させることにより、建築構造用のオープンソース構造解析システムの実現が望まれている。(柴田)

流体解析については、上述のADVENTURE[12]によりADVENTURE_ sFlowが公開されており、熱対流問題の並列解析ができる。また、革新的シミュレーションソフトウエアの研究開発[13]からは、高機能な乱流・熱輸送・燃焼モデルを有するマルチフィジックス流体シミュレーションのFrontFlow、都市の安全・環境シミュレーションのEVE SAYFAを公開している。

上述の国産のソフトウエア以外にも、海外動向で述べたOpenFOAMを用いた研究や教育的活動が国内で増えつつある。筆者ら有志が2008年3月に立ち上げたOpenFOAMユーザー会[16]の活動として同年11月に第一回オープンソースCAEワークショップを開催し、大学での研究以外にも、ゼネコンの技研での研究適用例が紹介された。また、筆者の大嶋からは、大学での建築系授業における、OpenFOAMなどを用いたCAE演習が紹介され、ライセンス数の制約が無くカスタマイズが可能というオープンソースの利点を活かした新しい教育像が示された。筆者が管理を行なっているOpenFOAM Wiki日本語版[17]ではOpenFOAMユーザガイドの和訳を公開している。また、日本建築学会の流体数値計算による風環境評価ガイドライン作成WGが作成したベンチマークテスト[18]等をOpenFOAMで簡単に追試できるようにチュートリアルケースの整備・公開を行なっている。

非オープンソースのソフトウエアでは、研究者が解析手法やモデルを実装しそのまま発信することが一般に困難であり文献を媒体としたスローな普及となる。それに対して、オープンソースソフトウエアでは研究者が直接発信することも、それを他研究者や学生が入手して試行することも容易である。その意味で、今後教育・研究分野でのCAEの裾野を大幅に広げる可能性を有している。(今野)

A──Gmsh[6]/2003年公開。メッシュ作成を主とするソフトウエア。ソースコードのカスタマイズが比較的容易である[7]。 B──Code_Aster[1]/2001年公開。発電所部品・構造物の信頼性担保・寿命推定のための有限要素法ソルバ。 C──Elmer [8]/2005年公開。大規模マルチフィジックス有限要素法ソルバ。 D──OpenFOAM[9]/2004年公開。有限体積法流体解析(CFD)ソルバ。オブジェクト指向言語C++の採用により、新たな数値モデルの開発・実装が容易となっている。 E──ParaView? [10]、VisIt?[11]/いずれも2002年公開。大規模データの並列可視化など高度な機能を有する。 F──これまでスーパーコンピュータでも解析が困難であった問題を、PCなどのコモディティハードウエアを用いることで、誰もが取り組めることを実証したことも大きな成果である。 G──オープンソースCAEを手軽に利用するためのシステムとして、デンソーと岐阜高専との共同研究の成果として「オープンCAE:DEXCS」[14]が公開されている。すべてオープンソースで構築され、ダウンロードするだけで活用できる。 H──並列処理を手軽に実現するためのシステムとして、システムワークスと岐阜高専との共同研究の成果として「ポータブルGRID:FLUSH」[15]が公開されている。これは、USBメモリにより、構築を必要とせずに並列処理機環境を構築できるシステムである。

参考文献 1──Durand, C.: Free software for computational mechanics: EDF’s choice, 2007 2──http://openfoamwiki.net/index.php/Main_Special_Interest_Groups 3──Lyly, M.: ElmerGUI: A new pre-processor for Elmer, Presentation in Elmer user meeting, 2008 4── enGrid、https://sourceforge.net/projects/engrid/ 5──大嶋拓也ほか:音響数値解析環境“OpenAcoustics?プロジェクト─2.既存コードとの比較─、日本建築学会大会学術講演梗概集、D-1、2009(投稿中) 6──Geuzaine, C. et al.: Gmsh: a three-dimensional finite element mesh generator with built-in pre- and post-processing facilities. International Journal for Numerical Methods in Engineering, 2009 7──http://openfoamwiki.net/index.php/Contrib_gmshFoam 8──CSC Ltd.: Overview of Elmer, 2008 9──Weller, H. G. et al.: A tensorial approach to computational continuum mechanics using object-oriented techniques, Computers in Physics, Vol. 12, No. 6, pp. 620-631, 1998 10──Squillacote, A.: The ParaView? guide, Kitware (New York), 2008 11──Childs, H. et al., A contract based system for large data visualization, Proc. IEEE Visualization 2005, 2005 12──http://adventure.sys.t.u-tokyo.ac.jp/ 13──http://www.ciss.iis.u-tokyo.ac.jp/rss21/ 14──http://dexcs.gifu-nct.ac.jp/ 15──http://flush.gifu-nct.ac.jp/ 16──http://groups.google.co.jp/group/openfoam 17──http://www.ofwikija.org/ 18──http://www.aij.or.jp/jpn/publish/cfdguide/

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